原油取引の話し
2004年(平成16年)当時、原油価格が1バーレル
30ドル以下で、月間100万トンの原油取引が出来る
話しが舞い込んできた。 場所はカザフスタン。
当時の日本の石油消費量の5%に匹敵する量であった。
取引金額は約200億円になり、1回のコミッションも
宝くじ並みで、一個人に話しが来るような内容ではないと
大手の石油会社、商社の人から言われた。。。
まともに相手をしてもらえる内容でない事は分かったが
当時は、何でも売れる物は売っていたので
面白うそうだった事もあり、
古典芸能の家元、老舗旅館の女将さんだった方、
有名大学の監督など、手当たり次第アプローチしていたら
トヨタ自動車と直接の一次口座取引をしている
ユニークな社長の紹介で、大手商社がテーブルに
乗ってくれるところまで話を進めることが出来た。
途中、そんな怖い話を持って来るなと言われたり
別の方が、中国の最大手の石油会社に日本の
大手繊維会社の子会社で、上海の投資会社を
経由して販売しようとしたが、
日本の親会社からの圧力で中止になった。。。
私自身も知人を経由して、国会議員の秘書を
30年以上している方と、石油会社の顧問をしていた
元大使館員(1等書記官)をしていた方とお会いして
お話しを伺った際、
「国は1㍑単位で管理しているから、簡単じゃないし
港にタンカーが着いてからでも、話がひっくり返るから」
と云われた。
原油は詐欺も多く、とても慎重かつ危険な取引で
あることも認識した。そんなこんなで、関係者で
カザフスタンへ行こうと準備していた矢先、
一番のキーマンの方から、この話しを降りる様にと
言われてしまった。途中の取引のやり取りの中で
人の道に義理欠く様な場面等があり、断念せざるを
得ないことになってしまった。
取引は実らず、とても残念でならなかったが、凄く
ワクワクし、興奮して過ごした3ヵ月間であった。
滅多にないチャンスであったし、面白い仕事であったが
大きな教訓でもあった様に思える。仕事の取引には
人としての道があり、お互いがWin-Winになることと
3ヵ月間の動きが、コストを含め無駄になってしまい
キャッシュフローに余裕がないと大きな仕事は出来ないし
目先の資金繰りと数年先の資金繰りのバランス、
起業したての場合には、会社を軌道に乗せるための
一番のボトルネックになる部分である。
しっかり勉強して積み重ねる必要がある。
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投稿者プロフィール
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株式会社セブンクローバー 代表取締役
経営コンサルタント
事業再生アドバイザー
ファイナンシャルプランナー2級
証券外務員資格(二種)
宅地建物取引士
社会福祉主事任用資格
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